つい数日前まで激しい命のやり取りが続いていたとは信じがたい程穏やかな夜。
そういえば、こうして夜にコイツと話すのも暫くぶりのはずだ。

「なんかさ、ウソみたいだよなぁ。あの戦いが終わって、こうしていられるなんてさ」
「終わったつっても、完全にじゃねェけどなァ。あのヤロウ、最後に悪あがきしやがって……」


そうなんだ。
いつまた、復活してくるかわからないメルギトス。
不安がないと言えば嘘になるけど、それでも負ける気がしないのは、皆がいてくれるからだと思う。
独りじゃないことが、こんなにも心強いなんて。

「絶対に負けないよ。大丈夫。お前もいてくれるしな。頼りにしてるぜ?」
「ケッ。世話のかかる主人持つと苦労すらァ」




あの頃は思いもしなかった。
傍にいてくれる人がいる。
帰る場所がある。
夕暮れに街の明かりをみても、胸が苦しくなることもなくなった。
たくさんの明かりの中に、自分を迎えてくれるものがあることが、今は分かっているから。

旅が始まって、ホントに何もかも失うんだと思っていた。
それでいいとも思った。
でも、ネスがいてくれて、アメルに出会えて、たくさんの仲間に支えられて、失いたくないものばかりが増えていった。
今はしっかりと、生きているんだって、毎日感じていられる。



「何だよ……。ニヤニヤしやがって気持ちワリィ」
「別に?ただ何となく、幸せだな〜ってさ」

はは、フクザツな表情(かお)してる。
何だかんだで、コイツが最後まで俺の傍に居てくれたことが一番ビックリかもな。
最初は喧嘩ばっかりしてて、何考えてんのかサッパリ分かんなかったけど、意外にイイヤツだったもんなぁ。
決戦前の夜に、サプレスに帰らないで、最後まで付き合ってくれるって言ってくれた。
やっと名前を呼んでくれた事が本当に嬉しかった。





「なぁ、バルレル?」
「んだよ」
「お前さ、本当に戦いが終わったら……サプレスに帰るのか?」
「あァ?何言ってんだテメエ」
「……」

実はずっと気になっていた。
いつまで、お前は俺の傍にいてくれる?
メルギトスとの戦いに決着がついて、護衛獣としての役割が終われば、お前が傍に居てくれる理由は、もう……



ゴキン



「いって〜〜〜〜〜!?」
「っんの馬鹿ヤロウが!!くだらねェ事考えて沈んでやがるんじゃねェ!」

ほ、本気で殴ったな!?
すごい良い音がしたぞ、今!

「くだらないってお前なぁ!!俺は一応真剣に……」


ギュウゥ


「い、いひゃいっふぇ、ひゃめっ!!」
「テメエ……馬鹿だとは承知してたつもりだったけどよォ、まさかここまでとはなァ」

何か考え込みだしたみたいだ。
っていうか!
その前に手を放せ、手を!!



「「はぁ」」

やっと開放されたよ……
あぁ、痛かった。
絶対赤くなってるな。

それにしても

「何でお前がため息つくんだよ」
「ケッ!ため息の一つもつきたくならァ。馬鹿ヤロウ」
「馬鹿馬鹿言うなよ!俺は本気で聞いたんだぞ!?」
「だから、それが馬鹿だって言ってんだよ。……マグナ」



さっきひどく抓られた頬を、今度は優しく包まれた。
うぅ……。こういう時コイツ本当にずるい。
どうして急に優しくするかな。
じっと見つめられると落ち着かない。
だめだ、何を言いたかったのかわかんなくなってきた。

「とりあえず落ち着け」

逆効果だって。
でも、全部わかっててやってるんだろうなぁ。
コイツはよく、俺の悩みなんかぶち壊してしまうから。
頭の中引っ掻き回されて、時々何もわからなくなる。
悔しいけど、嫌じゃない。
こういうときは敵わない。
仕方ない、少し正直になるか。



「……笑わないか?」
「呆れるかもな」
「……。あの夜さ、言ったよな。最後まで付き合ってくれるって」
「言ったぜ、確かに」
「最後って、いつまでなんだ?」
「は?」

うわ。かなり驚いてるよ。
そんなに意外だったか?


「何言ってやがんだ?テメエ」
「え?いや、言ったままなんだけど」
「……本気で馬鹿か?」
「はい?」
「ケッ!」


訳が分からないうちに、突然強く腕をつかまれ、そのまま引き寄せられる。
驚きの声を上げる前に、口をふさがれていた。
反射的に目を閉じてしまう。
……慣れって怖いよな。

「んっ……」

慣れって言っても、この行為そのものに馴染んだわけじゃない。
とんでもない声を漏らす自分に驚いて、思わず耳を塞ぎたくなる。
腕をつかまれたままじゃ、どうしようもないけど。
ただ、コイツの不意打ちに、前ほど動揺しなくなっただけ。



「はぁ……」

やっと開放された……と、さっきとはちょっと違う感情なんだけど、同じようにほっとした。
けど、恐る恐る瞼を持ち上げたら、今度は本気で驚かされた。

「うわぁ!?」
「何も逃げるこたァねェだろが」

だって、なんで、いつのまにでっかくなったんだよ!?

うぅ……だめだ、俺、こっちのバルレルにはまだ免疫ないや。
どんな姿だろうと、バルレルはバルレルだってのは分かってるんだけど、そういうんじゃなくて、つまり、その……


「ひゃぁ!って、お前っドコ触ってんだっ!!」
「わざわざ言って欲しいのか?物好きだなテメエ」


こういうのが!!ダメなんだってば!!!


「やめろって!」
「イヤだね」
「バルレル!!」

必死で名前を呼んだら、あっさり動きが止まった。
なんでだ?
助かった……はずなんだけど、落ち着かない。



「バルレル?」
「あのな、なんでオレが、この期に及んで護衛獣なんてやってると思ってやがる」
「それは……」
「テメエとオレの間には、誓約はもうねェ。エルゴに縛られてるからじゃねェ。オレは、自分の意思でココにいんだよ」
「……」
「ったく、ちったァマシになったかと思えば、まだウジウジ考える癖直ってやがんねェのかよ」
「癖って……」
「そーだろが。くだらねェ事を、悪い方にばっか考えやがって。不味い感情じゃねェがな、イラつくんだよ。見てるとな」

言われた言葉はあんまりなはずなのに、すごくあたたかかった。
不器用な悪魔の、精一杯な気遣いが、うれしかった。

本当はとっくに気付いてたはずなんだ。
バルレルは、オレの事、いつもちゃんと考えてくれてた。
言葉は素っ気無くても、全然可愛げなくても、大事なことはちゃんと伝えてくれてたのに。
コイツの事、信じれなかったのは……
またいつか失うんじゃないかと思って、信じようとしなかったのは、全部俺のせいだ。



「ゴメンな、バルレル」
「ケッ!っとに馬鹿な主人持つと苦労すらァ。大体、テメエ、メルギトスのヤロウ以外にも山ほど厄介ごと抱え込んできやがるだろが。死ぬまで直らねェんだろうよ、その体質はよォ」
「はは、そっか」
「あっち戻っても退屈だしな。酒もねェし」
「その割にはお前、最初の頃はあれだけ帰りたがってたじゃないか?」
「まぁな」
「本当にいいのか、帰らなくて。お前、一応魔王なんだろ。お前がいなくて困る人とか、いないのか?」

半分冗談、半分本心で聞いてみた。
サプレスでのバルレルのことが、まったく気にならないと言えば嘘になる。

「なァに言ってやがる。オレがいなくて、一番困るのはテメエだろうが」

そう言って、ニヤリと笑った。
……言い返せない。
っていうか、口、指で押さえ込まれてるし。

「貸しはでけェぞ?これから覚悟しとくんだな。マグナ」






暫し静寂



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999hitを踏んでくださった、橘さまに捧げます。
「オレ様な魔公子×マグナ」というリクを頂いたのですが、果たして達成できているのか……!!
一応、必死に頑張ったつもりです。ハイ。
護衛獣ED後で。
なかなか幸せに臆病なマグナさんと、「オイオイ、オレは何のために命はったんだよ」な魔公子殿のお話でした。
橘さま、素敵リクエスト、ほんとうにありがとうございました!
受けとっていただければ幸いです。