prismatic joy






ドタドタと騒々しい音を立てながら、これまた騒々しい気配の持ち主が近づいてくる。
いつもの事なのでもう腹も立ちはしないが、それにしても今日は普段より随分浮かれているようだ、騒音の主は。
そろそろ部屋に来るだろうなと思っていると、想像よりも随分大きな音を立てて扉が開けられた。

「トリックオアトリート!!」
「はァ?」

件の主は、意味不明なセリフを叫びながら、全身包帯巻きに薄汚れたボロ布を引っ掛けているという実に珍妙な格好で現れた。


「何だよ?今日は万節祭の前夜祭、ハロウィンじゃないか」
「んだよ、そりゃ」
「……本気で知らないのか?」

何でサプレスの悪魔がニンゲン共の祭りを気にする必要があろうか。


「ハロウィンっていうのはさ、簡単にいうと……」

頼んでもいないのに説明が始まる。
人に物を教わるのはともかく、教える側にまわるのは珍しい身の上であるから、何やら嬉しそうだ。






「―――っていうお祭りなんだよ。わかったか?」
「わかんねェよ。何でそんな祭りが仮装してバカ騒ぎする祭りになるんだ?」
「さぁ?それは俺も知らないけど、仮装にもちゃんと意味あるんだぞ?」
「……ますますわかんねェ」

こんなくだらない格好をして浮かれる事に、一体どんなご立派な謂れがあるといいたいのやら。
ニンゲンというのはつくづく訳が分からないと思う。


「でもなぁ……」

と、説明するのをしぶる様子で、なぜかこちらをじっと見つめてくる。

「何だよ?」
「そりゃ、そんなに効果あるとは俺も思ってなかったけどさ、もう少し驚くとかしてほしかったわけで・・・」

ブツブツと呟いている。
もはや独り言だ。


だが、目の前で突如始まった独り言をじっと聞いてやれるような性分では、自分は勿論ない。

「だーッ、うっとうしい!!言いてェ事があるんならさっさと言えッ!!」

言いながら、やおら引き寄せた。
驚きで見開かれた目の下が、心持ち紅くなったようだ。
顔に巻かれた包帯で隠れてはいるものの、手に取るようにわかる。
目の前にいるニンゲンの感情など常に筒抜けであるし、何より、コイツにこんな顔させられるのは自分だけだと自負している。

「うぅ……言ったら絶対笑うだろ?お前」
「笑われるような事しかいわねェテメエに問題があるんじゃねェか」

もはやぐうの音もでないらしい。




少しして、観念したらしく、やっと口を開いた。

「あのな、ハロウィンの夜は、万節祭に来る聖なる物とは反対のもの、お化けや悪魔なんかが現れるって言われてるんだ。で、それから身を守るためにこういう格好をするんだよ」
「あァ?んな格好して何になるってんだァ?」
「……だから、怖い格好をして、お化けをビックリさせようって祭りなんだよっ!!」

最早ヤケクソ、といった体で叫ぶアイツを、オレはぽかんと見つめた。


一拍置いて、堪らず笑い出す。

「ヒャハハハ!!そんなマヌケ面で、一体何をどうやって驚かすってんだよ?」
「だから、言いたくないっていっただろ!?」

膨れっ面で見下ろしてくる。
さっき引き寄せて互いの距離を随分詰めていたので、息が掛かりそうな程件のマヌケ面顔が近くにある。

戯れついでに唇を啄ばんでやった。

「バルレル!」

己の護衛獣がどう出るのかいい加減予測の一つも出来てもよさそうなものだが。
戦いではともかく、こういったことに関しては呆れるくらい慣れないようだ。

「そんなザマで、オレを驚かそうってつもりだったのかよ?えェ?マグナ」
「うるさいっ!!」

今度は確実に紅くなったと分かる顔を見つめながら言ってやる。



「別に、俺だってお前が本気で驚くとか思ってた訳じゃないけどさ、もう少し反応が欲しかったって言うか……」
「悪魔相手じゃどんな格好してようがあんま関係ないんだよ」

魂で対象を認識する種族には、見掛けなど何の意味もなさない。
そういった意味では、この祭りの仮装など、目的を全く果たせていない訳だ。
その辺にいる普通のニンゲン共ならともかく、召喚師であるコイツなら、ましてオレを護衛獣にして大分経っているのだ、当然……

「知ってんだろが?」
「……それはそうなんだけどさ」
「だったら、何だよ」
「ネスだってまだマシな反応くれたんだぜ?」

メガネがどうした。
さっきからなんだというのだ。
オレを不機嫌にさせたいのかコイツは。



「ちょっと期待した俺が馬鹿だった〜。いいぜもう、忘れて」

流れこんでくる感情は“失望”のそれ。

「拗ねてんじゃねェよ、ガキみてェに」
「ハロウィンは子どもが主役の祭りなんだぞ?」

だからちょっとは優遇しろ、という。


「普段ガキ扱いするなっつーじゃねェかよ。」

それにテメエもう子どもって歳じゃねぇだろ中身はともかく。言うと睨まれた。

「むぅ……。……良いんだよ、俺、今日だけは子どもでも」
「へぇ?」
「俺さ、ハロウィンに参加するの、始めてなんだよな」

悲しそうな、それでも幸せそうな表情(かお)で、オレに告げる。



「北の街にいた頃も、派閥でも、さ。今になって、こうしてられるなんて……」

夢みたいだ、なんて馬鹿な事を本気で言うから堪らなかった。


「ケッ!こっちは今まで散々メーワク掛けられてきたんだ。貸しはデケェんだからな?夢で済むと思うんじゃねェぞ!?」

言ってやったら、笑った。

「はは、そうだよな?……お前が傍にいてくれて、よかったよ、ほんとに」
「ハロウィンってのは、悪魔追っ払う祭りじゃなかったか?」
「そうだっけ?」

楽しければいいじゃないか、なんて都合のいい。
でも、それでいい。
いつもは不器用で要領の悪すぎるニンゲンだ。
少しくらい、目を瞑っても良いだろう?




「確かに馬鹿みてェに楽しむってのは悪魔相手にゃいいかもなァ?さっきから彼方此方浮かれた感情ばっかりで、居心地ワリィったらねェぜ」
「だからって、どっか行くなよ?」
「オレにも変な格好して浮かれろってか?」
「バルレルそのまんまでいいじゃん。あ、どうせなら大きくなるか?今日なら元の姿で街に出ても誰も不思議がらないって!ちょっと怖いけど」
「あのな。……まァ、酒があんなら付き合ってやってもいいぜ?」
「あるある。今日の楽しみのメインはお菓子だけどな」

アメルが張り切っているらしい。
ひょっとしなくても芋メインだろうか。
あの天使の芋への情熱は只事ではないと思う。
オレの酒への執着を笑っているが、人のことを言えたものか。

「何だよその顔。心配しなくても、今日はカボチャのお菓子を主に食べる祭りだから、芋は少なめだと思うぞ」
「……芋もカボチャも変わんねェだろが」
「あ、お菓子貰う前には“トリックオアトリート”って言わなきゃダメだからな」
「さっきも言ってたな。何だそりゃ?」
「レナードの国でも、似たような祭りがあったらしくてさ。あっちの世界の言葉で“お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!”って意味なんだって」
「ニンゲンってのはどこの世界でも似た様なこと考えやがんのな」
「そういえば俺、バルレルに言ったよな。お前ちゃんと返事しろよ?」
「俺が菓子持ってると思ってんのか?」
「じゃ、悪戯してやろうか」


嬉しそうに、悪ガキそのままの笑顔で寄ってきた。
その伸ばされた手が届く一瞬前に、力を解放した。

「え?」

突然元の姿に戻ったオレに目を丸くしている。
この分じゃ、やっぱりこの先の予測なんざ出来ちゃいねェだろうな。
空中で彷徨っていた手を思い切り引き寄せてやる。

「どうした?悪戯するんじゃなかったのか?」

マグナ……と最後は耳に直接吹き込んだ。

「ばっバルレル!!」
「ケッ!こんな薄い布だけの格好、触れっていってるようなモンじゃねェか」
「なぁ……!!」

これ以上ないくらいに紅い顔をしてうろたえている召還主を笑って見下ろした。
極めて薄い布の上から手をすべらせると、普段とは違う感覚が返ってきた。

「まァ、確かに、たまには普段と違うってのも悪くねェな。そういうの期待してたんだろォ?で、お子様には特別サービスしなきゃなんねェんだったよな」
「……それはそうだったんだけど!いっ意味が違う!!意味がっ!!!」
「楽しめりゃ何だっていいんだろが」
「うぅ……ずるいぞ、お前!!」
「悪魔だからな」

諦めたのか俯いた顔を上向かせて、口付けた。





誰が何と言おうと、この魂を手放してやるつもりは、ない。