本当になんで自分はこんなヤツに呼び出されてしまったのだろう。
とにかくコイツはボーッとしたマヌケだ。
実際抜けているに違いない。
間違いなく頭のネジが1、2本は。
兄弟子とか言う堅物メガネが付いてこなければ、旅に出たところでものの3日で路頭に迷ったに違いない。
いや、下手をすれば1日か。
その辺で野垂れ死に、ただでさえ短いその生涯をあっけなく終えただろう。
いやいや、そう簡単に死なれてはこっちが困るのだ。
そうすれば自分ははぐれへの道まっしぐら。
こっちの世界の居心地はマナと酒があるぶんそう悪くもないが、こんな力もろくに使えない姿で彷徨うなんてまっぴらごめんだ。
想像するだに恐ろしい。
本格的にヤバくなる前には帰せ。
常々コイツにはそう告げている。
そのたびコイツは呆れたような顔をして「お前なぁ……」などとのたまう。
お前なぁ、とその後にはなんと続くんだろうか。
「なんてヤツだよ」とか「ちょっとでも期待した俺がバカだったよ」とか、せいぜいそんな所だろう。
とにかくコイツはオレに期待などしていないのだ。


「うぅ……」


隣のベットで寝ていたヤツが急に寝返りをうった。
そこでオレの意識も一瞬で戻る。
危うくドツボにはまるところだった。
期待などされなくて当然だ。
ましてや信頼など。
そんなものされたところでオレに何かが返せるわけでもない。
そんなものされたところでオレは何をしてやるわけでもない。
そもそもどうしてこんなことくだらない事を考えてしまうのか。
おかしい。
らしくない。
ニンゲンごときにオレこそ何を期待しているというんだろうか。
それなら決まっているだろう。
早くオレを解放してもとの居場所に還せ、だ。
変わっていないはずだ最初から。
召喚されたその日から、オレのヤツへの要求は変わっていない。
それでも護衛獣なんてやってるのはただの気まぐれ退屈しのぎ、深い意味などありはしない。
そう、意味などないから考えても仕方がない。
あぁくだらない。
大体コイツが悪いのだ。
言う事を聞かない護衛獣と文句言うならとっとと還せ。
オレに期待するのはバカなことだとわかっているならなおさらだ。
なんでとっととそうしない。
召喚師の癖に召喚獣に命令もせず、だからといって送還の要求を呑むわけでもない。
まるで生殺しではないか。
前者なら心おきなく怨んでやるし、後者ならきれいさっぱり忘れてやるというのに。
最初にコイツに帰せと言ったときのことを思い出す。
コイツははっきり嫌だと言った。


――こうして会ったのも何かの縁だしさ、よろしく頼むよ
――何かの縁じゃなくて、何かの間違いだろーよ


間違いには違いない。
こうして自分が気紛れをおこしたのも、らしくないのも。
コイツの腑抜けた感情のそばにいるのがそう悪くもないなんて思えるのも。

「ったく」

大体、こんなふうに考えこむこと自体らしくないのだ。

「おら起きやがれニンゲンッ!!」

こっちがこれだけ嫌な気分になっているときに、目の前でその原因に呑気なカオでぐーすか寝息をたてられればそりゃあ腹も立つ。
大体昼間っからこんなに呑気に寝てていいのか。
寝すぎで腐るんじゃないかその少ない頭の中身。
あーとか、うーとか唸っているニンゲンはまだ起きる気配がない。
仕方がないので自分のベッドから降りて、アイツの寝ているベッドへ歩み寄る。
身をかがめて間近に顔を覗き込んだ。
護衛獣とはいえ悪魔の前でここまで無防備に寝られるとは。
そういう意味では信用されているということなのだろうか。
いや、だれにでも無防備なだけだなこのニンゲンは……。

「いつか痛い目見ても知らねェからな?」

いっそ本気で泣かしてやりたい思いっきり。
そしたら少しは気も晴れるだろうか。

「起きろってのオイ」

寝ぼけ顔のデコに向かってきつく指をはじく。

「いったぁ!?」

効果はてきめんだ。
重いまぶたが漸く開いて、その眼が焦点をむすんだ。

「……バルレル?」

「やっと起きたか、ニンゲン。そろそろ起きねェと飯抜かれるぞ」
「……それはご親切にどうも、っていうかさ!起こすならもっと優しくしてくれよ」

文句言うななかなか起きないテメエが悪いんだこのバカ。
なんて悪態の一つもついてやるところだが。
悪いはずの機嫌がいつのまにかどうだ。

「バルレル?なんだよニヤニヤして」
「ヒヒヒ、テメエ顔に思いっきりヨダレのあとついてるぞ」
「げ!?」

おー、マヌケ面がさらにマヌケだ。
そのマヌケ面で機嫌が直るオレもかなりのマヌケだが。
それもきっとコイツのせいだ。
コイツのせいでオレまでマヌケになった気がする。
コイツのせいでオレはこんなに情けなくなっちまったてのに、コイツにとってオレはなんでもないだなんてムカつく。
それじゃあ公平じゃないだろう?
さっきまでの苛立ちの原因をなんとなく理解する。
このまま還ったんじゃ気がすまない。
いっそ開き直ってせいぜい楽しんでやろうと思う。

「ホントにマヌケだなテメエは」
「ホントに性格悪いよなバルレルは」

そりゃそうだ、オレは悪魔なんだから。
ホントにバカだなテメエ。
せいぜいこれからもっとマヌケ面見せてもらおうじゃねェか。
なァ、ニンゲン。
覚悟しとけよ?